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TAKUMA INOKUCHI

Official Blog


by takuma inokuchi

宇宙を奏でた作曲家

日本における、いや世界におけるシンセサイザーの父、

冨田勲氏が5月に84歳の生涯を閉じた。

衝撃というより、あぁついにかという感じ。

NHKをはじめ、多くのTVや映画の音楽を手掛け、

先日NHK BSで追想特番『宇宙を奏でた作曲家~冨田勲 84年の軌跡~』があった。

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実はこの直前、元NHK音響効果の織田晃之祐先生よりお電話をいただいていた。

織田さんは生前の冨田さんとよくお仕事をされていたそうで、

飲むたびによく当時の貴重なお話を聞かせてくれた。

「いやぁね、突然で申し訳ない。冨田の追想番組で取材を受けましたよ。

井口さんには見て、何か感じて欲しいなと思って。」



僕のTOMITA SOUNDの印象は、

当時タンスと呼ばれた伝説の巨大Moogを使って、

ピロピロとシンセリードを弾くイメージが強かった。

ヴァンゲリスもそうだったように、それが当時の最先端だった。

しかし番組では、30代半ばでシンセサイザーを手に入れる前のオーケストラ作品を、

当時の番組映像と合わせて、しかもすべてフル尺で贅沢に見ることが出来た。

実はそれが印象的で、独学とは思えない美しい旋律、分かりやすい構成、

そして何より世界観がとても刺激になった。


宇宙を奏でた作曲家_c0006305_10322196.jpg


20代で名実ともにトップ作曲家になったが、

オーケストラというワーグナーの頃に出来上がったスタイルにうんざりもし、

”30代なら誰しもあることとして”、自分にしかできない新しいスタイルを模索。

すべての仕事を断って、巨額のタンスシンセをアメリカから取り寄せて、

説明書もないまま、とにかく独学でいじり倒し、アルバム「月の光」で

当時全く新しいシンセサイザーだけのTOMITA SOUNDが生まれ、

世界的アーティストに駆け上がった。

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1984年のリンツ音楽祭で、ドナウ川で行われた

『TOMITA SOUND CLOUD』コンサートの模様も、

レーザーと謎の三角ピラミッドの中で

「宇宙からの交信!神なんですよ!」と叫んでいて、

とても痛快だった。

船でバイオリンを奏でているのはまだお若い千住真理子で、

風に飛ばされないよう足を支えていたのは駆け出しの千住明というのもびっくり。

設置シーンとか見ていて、自分が10年前に行った花火と音楽のライブと重ねた。



晩年、自身の集大成であり、生涯のテーマであった宇宙をコンセプトにした

『イーハトーブ交響曲』も改めて見返した。

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』モチーフに、壮大なオーケストラが主線を支え、

20歳で作曲家スタートの転機となった合唱と、

最新テクノロジーの初音ミクが一体となり、

氏のファンタジーな生涯の一本線を見せつけられた。


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番組では短かったが、織田さんのコメントもいつもと変わらぬ、

一語一語を選び切った素敵なシーンだった。

今朝、織田さんに電話した。



「司馬遼太郎は、彼のことを”高度な少年性”を持つ男と話していたよ。」

高度な少年性、、最近忘れかけていた。

今も心にこの言葉が反芻している。

冨田氏に生前にお会いできることが叶わなかったが、

織田さんを通して、とても身近に感じる存在として、

キャリアの大先輩として、自分の憧れの生き方の1つとして、

心のどこかに生き続けることになった。



「井口さん、今ね、僕どこで君と会話していると思う?

富士山を正面に、きれーーいな新緑を見てるんだよ。

いやぁ、何か冨田さんのことを考えながら、八ヶ岳に来てるんです。

こうして冨田さんのことを、君のような次の世代にお話できて、

今清々しくこの景色を見ています。

...おっと、カミさんがそろそろチェックアウトだって。

今度またゆっくり!」

理由はよくわからないが、

僕もベランダに出て、ちょっとだけ目頭に熱いものを感じた。
by takumainokuchi | 2016-06-03 10:39